r_u_x_n_a’s diary

議論、趣味、その他

現代文ー小説(2)椎名麟三「神の道化師」解説

1.「神の道化師」 本文解説

 

(1)生活難と救いのない絶望

 父と別居した母は胆石で入院し、父からの送金は途絶え生活難に陥ってしまった。そこで準次は、大阪の父のもとへ母の全権大使として交渉に行った。

(2)父の一面

 準次は父のことを「権力主義」として捉えている。威張っていて、理不尽な態度を取る存在として準次は観ているが、それはあくまでも一面に過ぎず、同じ権威のある者に対してはへつらうような父の裏面を知らなかった。

(3)見知らぬ女

 大阪の父の家は、芸者上がりの女の家だった。父は準次の見ない1年余りの間に変わっていた。それは準次が想像していた「父」とは全く異なったものだった。女の三味線を見ると、準次は女に対して自分とは異なる別の世界の人間であると認識させられる。垢の滲んだ袖口を直そうとしたが、その手が一層汚れていることにどうしようもない虚無感を覚え、女のあわれみを受け入れるしか方法はなくなってしまった。

(4)絶望

 妹のかよ子が女のことを母として受け入れている現実に準次は絶望する。妹にとって準次と母は見捨てられた存在であると分かったからである。権力に完全敗北した瞬間である。

(5)本当の「父」

 父は「権力主義」として捉えられていたはずである。理不尽な態度を最初こそ描いてはいたが、最後に準次に対して「やさしく」声をかけている。「道、わかってるやろな。この向こうから市電に乗って梅田で降りるんやぞ」と。父は準次の動揺を見抜いていた。準次に「お前なんか一杯の飯も誰がくわしてくれるもんか。この間、裏の河へ喰うに困って死んだ土左衛門があがったけど、お前もああなるのが落ちなんやぞ」と言っているにもかかわらず、最後には準次に代わって女に十円を頼み込んでいる。ここで父だけは準次のことを「息子」として捉えていることが分かる。だから最後に父は準次に対して「やさしく」いったのである。

 

2.問題の解答

 

問1 権威を誇示し、自分よりも弱い立場の者に対して威圧的な態度をとるような面。

 

問2 自分だけで社会の恐ろしさを克服し威圧的な父から金を受け取ることができるのかという無力感。

 

問3 父はこの家の中心ではなく家の全てを決めているのは自分とは無関係の女の方であるということ。

 

問4 母が服装に気を配ってくれなかったことを知られた上に母の全権大使である自分を憐れまれたため母が見下されたと感じたから。

 

問5 妹までもが病身の母と自分をあっさり見捨てて、他人の女と新しい生活を送っていることに気づき、結局は権力を持つ者に完全敗北したという虚無感。

 

3.(おまけ)椎名麟三とは

 

 椎名麟三兵庫県出身の小説家。本名、大坪昇。父の大坪熊次は小作人の息子であり、警官ののち大阪の鉱業会社の庶務課長となった。小学校三年のときに父と別れた母とともに姫路市に戻り、母および妹弟とともに生活を始める。姫路中学三年のときに父の約束不履行のため生活難に陥り、経済的問題を解決しようと大阪の父のもとへ行ったが何ら解決せず、継母と同居している父のもとにいることも、母のもとへ帰ることもできず、そのまま家出した。その後、共産党へ入党。1931年に共産党一斉検挙があり、獄中でニーチェの哲学の影響を受け、哲学に関心を高めた。そのときにキリスト教などの影響も受けた。ドフトエフスキーの影響により、小説についても関心を高めた。